利尻島

◎島の将来ビジョン

「豊かな資源が眠る島〜利尻島」

◎ビジョン実現のためのプロジェクト案

歴史的建造物(「利尻 島の駅」)の増設・改修

利尻昆布アートストリートの整備事業

利尻フードツーリズム事業

漁家民泊による教育旅行生の誘致事業

空き屋整備によるサテライトオフィス活用事業

富裕層を対象にした宿泊施設の整備事業

島名 利尻島(北海道利尻富士町・利尻町)
人口
(平成28年4月1日時点)
4,826人
うち利尻町2,189人
位置 北海道の北端・稚内市から西方約53Kmの日本海に浮かんでいるように見える島、「利尻島」の西南端に位置し、島の中心には秀峰利尻富士(1,721m)がそびえたっています。
稚内港からフェリーで利尻島の鴛泊(おしどまり)港へ約1時間40分で到着します。
北緯45度10分、東経141度11分
面積 面積は利尻島182.14平方キロメートル、利尻町76.49平方キロメートル
周囲は東西21.5キロメートル、南北11.8キロメートル
地勢 北には礼文水道を挟み礼文島が浮かびます。 地名の語源はアイヌ語のリ・シㇼ(高い・島)。その名のごとく、利尻山(利尻富士、利尻岳とも)を主体とした火山島ですが、有史以来火山活動の記録はないです。高山植物がたくさん分布しています。
気候 海に囲まれているため夏冬の気温の格差は小さいです。夏は30度未満、冬は最低でも-10度程度で、風が強く、年平均風速は5m以上です。
産業 漁業と観光が主です。漁業は、「利尻昆布」やウニ漁を主体とする根付漁業と、タコやカレイを主体とする沿岸漁業が主流になっています。観光は、名勝・名所を見直し資源開発を試みるようになり、昭和40年には「利尻・礼文国定公園」昭和49年には「利尻・礼文・サロベツ国立公園」に指定されました。
春から夏にかけては数多くの高山植物が咲き、リシリコマドリをはじめ多くの野鳥がさえずる自然の宝庫です。   離島という地理条件をフルに生かし、「未来に誇れる町づくり」をめざすために、基幹産業である水産業・観光産業の振興を始め、生活環境の整備を重点とし、住んでよかったと実感できる、魅力あるふるさとづくりを目標に町づくりを進めています。

利尻島へは北海道・丘珠空港から36人乗りのプロペラ機で移動。他にも、稚内からフェリー、新千歳空港から飛行機(季節限定)といった行き方があります。

利尻空港に到着!利尻島は1島に利尻町・利尻富士町という2つの自治体があり、空港と稚内からのフェリーが到着する港は利尻富士町にあります。

空港は晴れていると、飛行機のバックに島の象徴・利尻山を眺めることができます。

島の北東にあるフェリーターミナル、海の駅おしどまり。海路では、稚内からフェリーで約1時間半。

利尻山は別名利尻富士とも呼ばれる、標高1721mの山。日本百名山の一つにも選ばれています。島の中心にあり、島のさまざまな場所から眺めることができ、なかでも厳選された16カ所を利尻山十六景として、スタンプラリーができたりします。

島の基幹産業は漁業。特に利尻昆布は全国的にも有名なブランド昆布。昆布の漁期は6月から8月。とれた昆布は、干し場と呼ばれる場所で天日干しに。シーズン中は、島中で昆布が干されている光景を見ることができます。

昆布と並ぶ代表的な海産物が、ウニ。利尻島では、エゾバフンウニとキタムラサキウニの2種類がとれ、島ではエゾバフンウニを「ガンゼ」、キタムラサキウニを「ノナ」と呼びます。

利尻町にある神居海岸パークでは、6月〜9月の間、ウニとり体験などができます。

昆布、ウニ以外にも、ホッケなどがとれる。

利尻山の5合目にある見返台園地からの眺め。利尻町の沓形港などが一望できます。

島のビジョンやプロジェクト案などを考えるワークショップでは、島で活動するNPO法人利尻ふる里・島づくりセンターや商工会青年部、若手漁師などが参加。

ワークショップ後のディスカッションの結果、島内の未利用資源を発掘して活用していけるように、「豊かな資源が眠る島〜利尻島」というビジョンが決定しました。

人も環境も、全てが島を盛り上げる資源。
山と海がどちらも楽しめる島、利尻島。
小坂実さん/利尻島

北海道稚内から2時間程度の距離にある離島「利尻島」で生まれ育った小坂さん。長年勤めた役場を早期退職して、島の資源を活かして経済に繋げるNPOで働き始めた想いとは。お話を伺いました

ー利尻島での生活を教えてください

利尻島は「海で囲まれた山」という感じの場所です。ですから、小さい頃から山の中を走り回ったり、浜に行って魚やウニ、アワビを捕ったり、山も海もどちらも身近でした。秋には山菜を採りに行き、冬にはスキーをする。そんな生活でしたね。

島の自然環境は素晴らしいんですが、漁師や役所、建設業といった限られた業種以外は仕事はほとんどありません。私の親は漁師でしたが、あまり漁ができない冬期間は多くの方々が出稼ぎに行っていました。そんな環境なので、高校を卒業すると、ほとんどの人が安定した職業を求め島を出てしまいます。私は6人兄弟の末っ子でしたが、親の薦めもあり他の兄弟は島を出ています。

一方で、私は島に残ることを決意しました。漁師の仕事は体力的にもきついので、老夫婦だけでは結構大変です。両親ふたりだけを島に残しておくわけにはいかないと思い、島で仕事が見つかれば残ろう、といった程度に考えていました。

とりあえず役場職員の試験を受けてみると、採用してもらうことができ、進路が決まりました。島の外、都会に憧れもあったんですけど、やっぱり親のことが心配だったので、島に残ることにしました。島の中で全てのものが揃うわけではないんですが、稚内まで船で2時間かからないくらいの距離ですし、生活に不便さを感じることはなかったですね。

ー役場に入ってからはどんな仕事をしましたか

役場では、数年ごとに部署を異動して、様々な仕事をしました。保健、病院、議会、水産など、様々です。その中でも、平成13年から配属になった、企画の仕事が一番楽しかったですね。島の町づくりのため、経済基盤を活性化させましょう、というものです。

以前から、興味があった分野の仕事でした。昭和30年台は2万人を超えていた島内の人口は、現在では4千人を切るほどに減りました。漠然と、このままではまずい、何かをしなければとは思っていたんです。

企画の仕事では、島にすでにある資源を活用して、新たな経済活動をつくる道を考えました。利尻島は、昆布などの海藻が豊富に生息しますが、そのなかでも商品として生産されるものは数種類しかありません。多くは利用価値がなく、打ち上げられた海藻はゴミとして処分されています。その雑海藻の有効活用に頭を捻らせて考えていました。

そんなとき、札幌在住の「押し花作家」のたけだりょう先生が、島に講師として来ていました。その先生は、町に寄贈した作品の中に利尻の海藻を使っていたんです。驚きましたね。海藻に、こんな使いみちがあったのかって。食べ物じゃなくて、アートに使うなんて発想はありませんでしたから。その先生と一緒に作り上げたのが、海藻を押し花のように使った、アート素材「海藻おしば」です。

それから、札幌など、島外の人と一緒になって、島の資源を活用するプロジェクトをどんどん立ち上げました。島の中の人だけだと、いろんなことが当たり前になりすぎていて、自分たちの島の魅力に気付けないんです。外の人からヒントをもらいながら進めていった感じです。

ー今はどんな仕事に取り組んでいますか

2年前、58歳で役場を早期退職して、特定非営利活動法人利尻ふる里・島づくりセンターで働いています。やっていること自体は、役場の企画職として取り組んでいたこととあまり変わりません。島の資源を町づくりに活かす、ということです。

役場時代、振興計画や過疎計画だとかいろんな計画を作らなければならないのですが、いくら計画を作っても町の中に実行する人がいなければ成り立ちません。特に近年は、実行に移してくれるような、活気のある若者が減っている感覚もありました。そこで、町の若者を巻き込んでいくために、役場の職員よりももっと深く地域の中に入る存在としてNPOで働くことにしたんです。定年した後の第二の人生として関わっているんじゃなくて、本気でやっているということを知ってもらうために、早期退職しました。

今は、海藻おしばの他にも、島で一番歴史のある建造物を「島の駅~海藻の里・利尻~」として再生し、町づくりの拠点として運営したり、漁家の空部屋を使って修学旅行生を誘致し漁業体験を提供したりする活動もしています。これまでの観光業は、団体ツアーを呼んで、自然景観を見てもらうだけでの観光形態のため、関わる方が限られていて地域全体の経済に波及していなかったこともあり、より地域に身近なところで体験や人との交流を提供していこうと考えています。

もちろん、新しいものを取り入れようとすると、島の人たちからは相当の反発がありますよ。必ず成功する保証もないですし、殆どの方が拒否反応を示すんです。ですが、続けていると、ひとり、またひとりと協力してくれる人が出てきて。最終的には、一度成功すれば周りも認めざるを得なくなるんです。

都会から修学旅行生を呼んで魚家体験をした時も、最初は漁師の人たちもあまり積極的ではなかったんですが、実際に受入れてみると自分の子どものように接してくれました。そうやって、住んでいる人をどうやって巻き込んでいくかは、常に意識していることでもあります。

ー小坂さんが感じる島の魅力を教えてください

まず、山が素晴らしいですよね。海の中から飛び出た山だけで形成されている島って、世界中を見渡しても中々ありませんから。山の標高は1721メートル。大きな川は一つもないんですけど、雪解け水が地下まで浸透して、30年以上かけて海に大量に湧き出ています。ミネラルを豊富に含んでいて、その水が海中に湧き出すことで、ウニや昆布、魚などがよく育ち、美味しいと評判なんです。

一方で、活かしきれていない水産資源もたくさんあるので、もっと都会の人に知ってもらい、流通できる仕組みを作れたらいいのですが。例えば、タコの内蔵なんて、都会の人は食べられるなんて聞いたことがないと思います。実際、漁でも内臓はほとんど捨ててしまうんですが、漁師は自分たちが食べる分だけは取っておくんです。腸とか、胃袋とか。これが珍味なんです。地元の人は美味しいと思って食べているものなので、保存の問題などをうまく乗り越えて、うまく活用できたらと思っています。

あとは、暮らしている人が好きです。みんな根っから親切なんです。これからは、この地元の人と観光客が触れ合えるような体験を、もっと増やしていきたいですね。人も、ある意味では活用しきれていない資源なんです。

今まで、利尻での仕事といえば、漁師になるか、建設業や役場に勤めるかくらいしか選択肢がありませんでした。これからは、資源を活かして、もっと付加価値を生み出して、雇用を作っていきたいです。それで、外から来る人が増えたり、地元に残る人が増えてくれたらいいなと思います。

小坂実さん
1956年生まれ。北海道利尻郡利尻町出身。特定非営利活動法人利尻ふる里・島づくりセンターの代表理事を務める。