奥尻島

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アクティビティ

島名 奥尻島(北海道奥尻町)
人口
(平成29年4月1日時点)
2,762人
位置 北海道南西部に位置し、日本海に浮かぶ離島です。フェリーで江差町から2時間10分、せたな町から1時間30分で到着します。
面積 142.97㎢
地勢 島のおよそ7割が森林で覆われ、東海岸は比較的平野部が多く、西海岸は断崖が続く地形で、温泉が湧く島です。
気候 平均気温9.7℃と、北海道内では比較的温暖で、積雪量も少ない気候です。
産業 漁業と観光が主な産業で、漁業ではイカ漁・ウニ漁のほか、近年ではイワガキやナマコの養殖事業に取り組んでいます。また、農業では北海道の離島で唯一稲作をしており、食用米のほか、酒米の作付をし、日本酒「奥尻」を販売しております。また、奥尻ワインは、ブドウの栽培からワインの醸造まですべて島内で行っており、島の環境が、独特の味わいを作り出しています。一次産業と観光を組み合わせた事業推進を考えています。
コーディネーターレポート
“レア感”も楽しんでもらえる島に。
地熱や海を利用した、実験的な取り組みを。
干場 洋介さん

北海道南西部の日本海上に浮かぶ「奥尻島」にて、町役場で働く干場洋介(ほしばようすけ・39歳)さん。高校・大学と島外で過ごしたからこそ感じられる、島の魅力とは。お話をうかがいました。

ー幼いころの奥尻島での生活を教えてください

私の先祖は代々奥尻島で暮らしていて、私も島で生まれました。島の遊びといえば、海に潜って魚や貝をこっそり獲ったりすることが一般的ですが、おとなしい性格だった私は、そういった遊びはあまりしなかったですね。少し潜ったところにいるウニは獲ることもありましたが、深いところに潜ってアワビを獲る程ではありませんでした。

私が小さい頃は、島内にいくつかの小学校があり、中学も二つありました。同じ学校の同級生は30人ほど。島内に高校もあるのですが、半分くらいの人が島外の高校に進学していました。

私も、中学卒業後は函館の高校に進学しました。吹奏楽にのめり込んでいて、函館にある吹奏楽部が強い学校に進みたいと思ったのです。一度島外に出たら、しばらくは戻らないだろうと思っていました。不安もありましたが、ワクワクの方が大きかったですね。

将来は、教師になることをぼんやりと考えていました。親からは公務員を勧められたのですが、当時は役場での仕事はイメージができませんでしたし、他の選択肢はあまり知りませんでした。学校の先生になると転勤が多いので、長い人生のうち、どこかでまた奥尻島に戻り、一定期間先生をしたらまた島外に出ていくんだろうなと思っていました。

ー島外で暮らし始めて、何か変化はありましたか?

15歳で始まった島外の下宿生活ですが、特に驚きはありませんでした。島の生活に不便さは感じていなかったので。それよりも、吹奏楽の練習で精一杯でした。

高校卒業後は、一浪して仙台の大学に進学しました。この頃には教師になりたいとは思わなくなっていて、進学先を選ぶときは吹奏楽ができるかどうかでした。プロを目指していたわけではないのですが、サックスを演奏するのがとにかく好きで、できるだけレベルの高い部活に入りたかったのです。大学では勉強を一生懸命やるよりも、楽器を演奏している時間の方が長かったと思います。

大学卒業後の進路は、公務員に決めていました。自分には、民間企業よりも合うと思っていたのです。奥尻に戻る気はなく、島外で暮らそうと思っていました。ただ、奥尻町以外の役場の採用は通りませんでした。就職浪人も考えたのですが、1年伸ばしても試験に通る保障はありません。それなら気持ちを切り替えて島に戻ろう。そう考えて、奥尻町役場で働くことにしました。

ー奥尻島で働く中で見えてきたことや、今後の展望を教えてください

久しぶりに島に住み始めて、奥尻の海はこんなに綺麗だったのかと驚きました。また、住んでいる人の人懐っこさなど、奥尻らしさに改めて気づくことができました。

逆に、変えたほうがいいところも目に止まりました。奥尻では、イベントなどを開催する時に行政主導になってしまうことが多いと感じたのです。もちろん、地域の方たちと一緒にやるのですが、実行委員会など中心が役場だったりします。個人的には、役場主導ではなく、民間主導で進んでいく方がいいのではないかと思っていました。

ただ、この数年、特に私が地域政策課に異動してからは、何かをやりたいという声を聞くことが増えました。それまでは知らなかっただけで、思いを持っている人はいたんです。最近では、若い漁師から新しい事業をやりたいという声も上がっています。移動販売車を使って島のものを島内外で販売したいというアイディアや、養殖している岩牡蠣をブランド化して島外に打ち出したいという案が出ています。若い漁師は、年配の漁師と比べたら漁獲高が少ないので、どうにかして食い扶持を稼ごうと工夫しているのです。漁業は島の中では主産業。島外の人とつながりを作って盛り上げたいと考えています。

島の産業でもう一つ重要になるのが観光業です。今後、サイクリング客や、北海道にいる外国人留学生などに来てもらえたらと考えています。また、個人だけでなく、企業が新規施策を実証実験する場所として足を運んでもらえたらと考えています。島には、使われていない場所がたくさんあります。例えば、空港は日に1便しか発着しないので、有効活用できるのはないかと思います。他にも、強い潮風を何かに活用できないかと模索中です。

また、地熱の活用も検討中です。奥尻島には温泉があり、地熱発電を行っているのですが、作られた熱水は川に流しているだけ。その有効活用方法として、熱帯で作られている作物を島でも作れないかと考えています。今は、コーヒーでも作れたらと検討しています。他にも、作物の北限を上げられたら面白いのではないかと思います。

産業を盛り上げて、今は手を打てていない移住施策も整え、島で暮らす人がいつまでも笑っていられる島にしたいです。昔から暮らす人も、移住してきた人も、みんな笑顔でいられる。そんな島を目指したいと考えています。

ー干場さんが感じる奥尻島の魅力を教えてください。

なんといっても、豊かな時間の過ごし方ができることです。個人に敵には、日曜日の昼下がりに外でコーヒーを飲みながらぼーっとしている瞬間がとても好きですし、西海岸で日が沈むのを見るのも最高です。奥尻では時間の流れがゆったりで、そういう豊かな過ごし方ができる場所が、日本でもまだあることを知ってほしいですね。

あとは、人懐っこい島民の気質も好きです。距離が近すぎて鬱陶しく思うこともありますが、打ち解ければその日から友達。そういう関係を築けることは魅力だと思います。島外から来た方も、島の人と話してもらえれば人懐っこさを体感できると思います。特に、7月の海の日に行われる「室津祭」では、地元の漁師がウニなどの海産物を炭焼きして提供くれるので、交流もしやすいと思います。多くの人に、足を運んでもらえたら嬉しいですね。

ただ、離島なので、船や飛行機が欠航することはあります。今後は、それすら楽しんでもらえるような仕掛けを作っていきたいですね。今年は、欠航して島から帰れない人がいたら、一緒に鍋パーテイーをするような企画を考えています。むしろ、船が出たら「帰れちゃうのかよ」とがっかりするような島にしたいです。

普通だったら、いつでも行けて、欲しいものが常に手に入るのが当たり前かもしれません。でも、そうではないからこそ、手にした時の喜びも増すもの。奥尻島も、そんなレア感を大事にしていけたらと思います。

とにかく、1回足を運んでもらい、2,3日ゆっくりと過ごしてみてください。何もないですが、その良さを体感してもらえたら嬉しいです。

干場 洋介さん
1978年2月19日(39歳)