福江島

◎島の将来ビジョン

2024年(市制20周年)までに「五島だけど7スター」を目指します。

◎ビジョン実現のためのプロジェクト案

ハンドメイド挙式数No.1

つばき油生産量圧倒的No.1

U-12フットサルNo.1

手づくりのお土産品数No.1

健康寿命No.1

祭りの数No.1

五島ブランド肉知名度No.1

島名 福江島(長崎県、五島市)
人口
(平成28年4月1日時点)
35,413人
位置 南に離れた男女群島を除けば、五島列島の南西端に位置します。交通アクセスがいくつかあり、飛行機でも来島可能です。
面積 326.31 km²
地勢 島の中央部には花崗岩と沖積層(湖成層)からなる山内盆地があり、その周囲を標高200-400m台の山地が囲んでいます。海岸に近い福江・富江・三井楽・岐宿にはそれぞれ玄武岩質の火山と溶岩台地が広がっています。
気候 対馬海流の影響もあり、温暖多雨の亜熱帯海洋性気候です。
産業 漁業と農業が昔から盛んですが、近年はこれに加えて観光も主要産業となっています。農業は、畑作が中心で、肉用牛や葉たばこが主管作物となっていますが、最近ではブロッコリー、中玉トマト、高菜の産地化を進めています。また、ヤブ椿の自生が多く、日本有数の椿の島として知られ、椿油等、椿を活かした特産品づくり等に取り組んでいます。漁業においては、一本釣り、はえ縄、定置網が経営の主体ですが、現在はマグロ養殖の基地を進めています。

五島に到着!またしても雨。。。

五島の歴史を学びました!
館内写真NGなので撮りませんでしたが展示物凄かった!

お城の跡地にある高校!!石垣の中に校舎が!!
毎朝「お城行ってきまーす!」って感じですかね?

昭和4年からやってる椿油の製油工場!!
昭和4年って!!

人力で運ぶからあんまり大きいときつい!
なので入れ物を2つに分割してるそうです!工夫ですね!!

これは昭和20年頃から使用している圧縮!?機械!!
ホント手作り!!

駐車場から教会まで散歩!!

五島と言えば教会!
堂崎教会行ってきました!

マリア様!この写真は僕のスマホの待受けにしました!

ETC2.0(そんなのあるの知らなかった)だと観光情報とか受信できるみたい!
道の駅で情報GET!!

海水浴場!天気悪かったけどキレイ!!

鬼岳!!晴れてきた!!

五島を一望できる望遠鏡!無料です!

五島でも準備してくれてました!嬉しい!

プロジェクトの担当者まで決定!すごい!!

やっぱり魚は新鮮!おいしい!

独立するなら、離島に可能性がある!
暮らす人が最高に楽しめる島づくりを。
村野 麻梨絵さん/五島

長崎県の西に位置する五島市・福江島に移住者としてやってきた村野さん。アパレル業界で働き、独自のウェディングブランドを立ち上げようと考えた時に「東京より島の方が可能性を感じた」と語る背景とは。お話を伺いました。

ー五島市との出会いは?

私は埼玉県所沢市で育ったんですけど、両親の実家が福江島富江町にありました。なので、夏休みなどにはよく福江島に遊びに来ました。島には同い年くらいの子どもがいっぱいいて、すぐに友達になっていましたね。海で泳いだり、釣りをしたり、お墓で花火をしたり、埼玉ではできないたくさんの体験をしました。

ただ、島に移住するとか、島で働くとかは考えたことがなかったですね。どちらかというと、海外に目が向いていたように思います。中学生の頃には、市の交換交流プログラムでシンガポールに行きました。その時は、英語が喋れなくて悔しかったですね。英語が喋れたら、もっとたくさんの友達を作れただろうって。それで、高校生の時に、1年半ほどニュージーランドに留学しました。

ニュージーランドの人たちは、仕事だけでなく、暮らし自体も大切にしていて、高校生ながらに衝撃を受けたのを覚えています。夕方5時を過ぎると、仕事の電話は通じないような環境なんですけど、仕事と生活をしっかり住み分けて、それぞれを楽しんでいるんです。日本とはライフスタイルの仕組み自体が違うと思いましたね。私も、将来は自分らしく、やりたいことをやって生きようと思いましたね。

ーやりたいことは何だったんですか?

一番好きだったのは、裁縫でした。服に限らず、アクセサリーや小物など、自分で作るのが好きだったんです。そこで、大学に入ってからは、ファッションショーを開催するサークルを立ち上げ、服作りを始めました。活動は学校内に留まらず、郊外でファッションイベントの開催もしましたね。

個人的には、大量生産の服には興味がありませんでした。一点ものが好きだったんです。特に、手の込んだ目立つものが好きで、ウェディングドレスづくりに夢中になりました。

結婚式は幸せの絶頂の瞬間。そこに携わる仕事って、なんていいものなのかと思いましたね。将来はウェディングドレスブランドを作ると決め、大学卒業後は働きながら、服飾の専門学校の夜間コースに通うことにしました。

その後、3年間の専門学校を終えて、ファッションブランドに就職しました。ブランドを立ち上げるために、ファッションブランドにある様々な仕事を知りたいと思い、デザイン職ではなく総合職で入社しました。プレスの担当になって、ファッションショーの企画やメディア対応などをしました。

ーそんな生活から一点、どうして移住したんですか?

仕事は楽しかったんですが、忙しくて服を作る時間を確保できなかったんですよね。元々、会社でいろんなことを吸収しながら、自分でものづくりは続けようと思っていたんですけど、それができなくて。「私は何をやりたかったんだっけ?」と感じていました。

その頃には、ウェディングドレスだけでなく、席次表やウェルカムボードなども含めて、結婚式全般のプロデュースに興味を持ち始めていました。ウェディングの仕事を本格的にやるためには、とにかく時間を作らなければならない。それで、2年ほど勤めた会社を辞めました。

そのタイミングで、五島市で働いていた叔母から、五島市で「地域おこし協力隊」を募集していると聞きました。島に遊びに行く度に、人が減り、町が廃れているとは感じていたので、有意義で面白い制度だと思いましたね。

同時に、自分がやりたいことを実現するために、相性が良さそうだとも思ったんです。というのも、独立するにしても、東京でやるのは難しいと考えていたんですよね。東京ではありとあらゆるものが出尽くされていて、今から参入しても太刀打ちできません。それに比べて、島なら、大自然と組み合わせて、通り一遍ではないオーダーメイドの結婚式を企画したり、今までにない価値を生み出せると感じたんです。

そう思ってからは早かったですね。すぐに申込書を書いて、1週間後には五島市の地域おこし協力隊に応募していました。

ー島に来てどんな仕事をしていますか?

五島市役所の観光物産課に所属し、体験観光の推進を行っています。宿泊施設や自然を体験できる場所を中心に観光を推し進めます。修学旅行生の受け入れも積極的に行っています。まずは求められていることでしっかり成果を出そうと思い、ウェディングの方は一旦ストップしています。

島に住み始めて、今まで気づかなかった魅力をたくさん知りました。静かで落ち着いていることや食べ物が美味しいことも魅力のひとつですが、私が一番魅力的だと思うのは、島に暮らす人たちです。私は移住者なので、田舎特有のよそ者扱いを受けることもあるんですけど、しっかり話せば分かり合えますし、みなさん本当に優しいんです。いつも気にかけてくれて、ひとりでは食べ切れないほどの野菜や魚をくれたり、突然お弁当を作ってくれたり。都会にいたら絶対にあり得なかった体験です。

仲良くなると、島の人の本音も聞けるようになりました。例えば、とある町内にはカフェのように気軽にみんなで集まる場所がないとか、島の外から人を呼ぶことばかりに夢中になるけど、島に住んでいる人も物足りなさを感じているとか。それを聞いて、ハッとしました。それまで、島外から人を呼んでくれば島は盛り上がると思っていたんですけど、その前に、まずは島の人たち自身が島での生活を最高に楽しめなきゃいけないって感じたんです。地元の人が置いていかれるような取り組みではなくて、島の人同士の交流を生むことが、今、私がするべき仕事だと。

それで、地域おこし協力隊としていくつかプロジェクトを立ち上げました。一つは「ハンドメイド市」の開催です。島の人たちは手先が器用なのか、自分で何かを作っている人がすごく多かったので、作ったもので交流する場があったらいいんじゃないかと思ったんです。案の定、1回目から30人以上の出店者が集まりましたし、来場者も2日間で600人を超えました。将来的には、出展者の作るものが、島の特産品に発展していけばいいなと考えています。

また、長崎の大学生と一緒に、古民家改修プロジェクトも行っています。これは、地元の人が交流する場を作ろうというものですね。

今後も、島の中の人たちの暮らしが豊かになり、生活が楽しくなるようなプロジェクトを立ち上げていきたいですし、ウェディング事業も、チャンスを見つけてかたちにしたいですね。具体的な計画はまだありませんが、目標は、島で行われる結婚式の数を、葬式よりも増やすことです。そんなことを通じて、この島を涙よりも笑顔が溢れる島にしていきたいですね。

村野 麻梨絵さん
1987年生まれ。東京で生まれ埼玉で育ち、2015年に五島移住。五島市役所の観光物産課で働く。